くつろぎの空間、なつかしい風景・・・ バリ島ウブドでお待ちしています。
2006年は
こちらから
2005年は
こちらから
2004年
12/27 とりあえず大丈夫です。
12/24 盛況のうちにオフ会
11/13 バリは雨季
10/13 登場の友人たち
10/04 インドの叙事詩
09/29 一時帰国しました
09/27 一時帰国します
09/23 ウブドの美術館続き
09/21 プリ・ルキサン美術館
09/13 ウブドのカフェ・エグザイルス
09/09 ウンブルウンブル
09/05 テレビ東京の取材
08/30 バリ島のこわーいお話
08/28 バリと射撃場
08/27 ジンバランの夕日と魚
08/23 クニンガン明け
08/20 バリ島へ洋上大学
08/17 インドネシア独立記念日
(P)
08/11 今日はガルンガン
08/10 バリ料理ラワール
08/07 皆さんにお便り
08/06 神様になる
08/04 バリの芸術
08/02 ロンボクの夕日
08/01 ロンボクヘの船旅
07/27 またまたジェゴグ。私は
ロンボクヘ
07/25 大凧揚げの大会
07/24 ほんとうにすごいお葬式
(P)
07/20 お葬式の話続き
(P)
07/18 お葬式で停電?
07/13 ボン村訪問
07/10 お葬式のお誘い?
(P)
07/08 もう一つのジェゴグ
07/05 ジェゴグのコラボ
07/01 ビザを取得してきました
06/27 シンガポールへ
06/26 ウブドで「蛍の光」
06/25 ソーラン節文化
06/22 バリ島アートフェスが開幕
06/21 ウブドは寒い!
06/20 バビ・グリンはイブ・オカ
02/12 美味い!鶏の丸焼き
02/06 ボロブドールとプランバナン
02/03 ジョクジャで王様の
振る舞いの日
01/30 バリ料理で大パーティー
01/25 クニンガンも終わり
01/23 ウブドの電子メール事情
01/20 ドリアンを食べる
01/17 ガルンガンが明けて
01/14 ガルンガン
01/13 ジェゴグとケチャ
(P)
01/12 ガルンガンとクニンガン
その1
01/09 ウブドは雨
(P)
【ウブド村暮らし通信】(04.07.18)
ウブドで今世紀最大で最後といわれる王家のお葬式が近づいてきました。なぜ最大で最後かというと、亡くなられた方が、王制が存続していたころの最後の王女だったからです。王制がなくなり、王様は普通の人になったわけですが、旧王家は今でも多大な財産を持ち、尊敬を集めています。(ジャワ島ジョクジャカルタの王家のように今でもクリス=短剣を
背中に刺した家臣団数百人に囲まれている王様もいますが・・・)
葬儀の準備の方は、やぐら=バデの最上部の多重塔のような飾りが出来上がり、棺と一緒に焼く牛の像=ランブーには黒の布が巻かれ金・銀の刺繍の布で飾られました。王家と一緒に
葬儀をするウブド4村の棺を安置する高床式の小屋も完成。2mほどの
高さの床に野戦病院のベッドのように棺の台が並んでいます。
「I WAYAN ○○」「NI WAYAN ××」といった名札を数えてみると、
60人余りの棺がありました。仮埋葬の墓地から葬儀の当日、ここへ移
されるのです。
実はこの準備、王宮の前の道路、我がブントゥユン村へ通じるスウェタ
通を一部閉鎖して連日行われています。このため、あちこちに余波が
及んでいます。バビグリンで有名な「イブ・オカ」は店舗が準備作業の
会場になったため少し奥まった自宅での営業を余儀なくされています。
通りに面した「TERAZO」などのレストランやギャラリーは開店休業状態。
迂回路が車1台がやっとという1本道だけで、連日の渋滞。狭いすれ違い
を敬遠して、私は運転をしばらく見合わせています。
毎夜、宮殿内庭で行われていたレゴンダンスなどの公演は道路向かい
の集会所へ移転です。
そして、なにより大変なのが葬儀当日、ウブド一帯が停電に見舞われ
そうなこと。高さ20mにも達するバデが担がれて火葬の行われる広場ま
で練る際、道中の電線は切るしか通行の方法はありません。この間、
ウブド一帯は大停電というわけで、何より冷蔵庫をどうしようかというのが
住人の悩み。ペットボトルに水を入れて凍らせて急場をしのごう−なんて
話し合ってます。
こんな余波があちこちにあり、バリの人たちはぶつぶつ言いながらも
宗教行事だから仕方ない−と淡々と準備作業に参加しています。
Villa Bintang ビラ・ビンタン
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